七つ道具 ④ErgoArrows|画面の文に意識を集中

ぼくの仕事の「七つ道具」、4つ目はPC用キーボードの自作キット「ErgoArrows」だ。5つ目にとりあげる予定の「Tomisuke配列散文向け亜流」とセットになるものであるが、まずErgo Arrowsから紹介する。

ErgoArrowsとは

「ErgoArrows」とは、「サリチル酸」さんが個人で設計されたPC用キーボードである。どこかのメーカーの製品ではない。

→「自作キーボードキット『ErgoArrows』ビルドガイド」(自作キーボード温泉街の歩き方)

「自作キーボードキット」と銘打たれていることから分かるように、自分で組み立てる必要がある。基本的な部品はセットになっているが、直接キータッチに影響するキースイッチなどは別途用意する必要がある。しかもキースイッチはハンダ付けするので、後から交換することは現実的ではない。

よって、キットを組み立てるには、工具や電気工作のテクニックだけでなく、スイッチの種類の知識も必要になる。価格も、部品代だけでもいわゆる高級キーボードと同じくらいになるし、工具代も合わせればもっと高くなる。

それでもErgoArrowsがほしかったのは、実用性だけを考えても、ほかでは手に入らない魅力が詰まっていたからだ。

なぜErgoArrowsか

ぼくが執筆用のPCキーボードにとくに求めるものは、次の3つだ。

  • ディスプレイに集中できて、長時間のタッチタイピングに向いている (キーボードに視線を落とす必要がなく、疲れにくい)
  • マクロを割り当てられるキーや、親指が担当するキーが多くある (マクロパッドを併用すると、タッチタイピングできなくなる)
  • テンキーは不要だが、好みの機能を割り当てられるキーは欲しい (自分が頻繁に使うアプリ用のショートカットなどを割り当てたい)

ErgoArrowsのぼくにとって重要な特長を以下に挙げる。あくまでも個人的なものであるので、その点はご承知おきいただきたい。

指を上下方向にだけ動かせばよいカラムスタッガード配列

一般的なキーボードのキーの位置は、タイプライターの時代にならって段ごとにキーを横にずらす「ロウスタッガード配列」だが、ErgoArrowsでは縦にずらした「カラムスタッガード配列」を採用している。これには次のようなメリットがある。

  • 指を前後に動かすだけでタイピングできる。左右に曲げる必要がなくなるので、指の動きが素直になり負担が減る。
  • キーボードを見なくても、最上段の数字キーが打てる。ロウスタッガード配列とは異なり、指を素直にまっすぐ上へ伸ばせばよいからだ。「1」や「0」もキーボードを見ずに小指で押せる。(うっかり見てしまうことも多いが、丸括弧くらいは見ずに打てる)
  • 右shiftキーがホームポジションの範囲に収まるので、多用できるようになった。

カラムスタッガード配列のキーボードに触れるのは初めてだったが、2日で慣れた。また、カラムスタッガード配列に慣れたからといって、ロウスタッガード配列が打てなくなることもなかった。だから、普通のノートPCのキーボードも、メーカー品のキーボードも問題なく併用している。

両手を肩幅まで広げられる分割式

左右の指が担当する範囲にあわせて本体が分割されているので、肘や手首を曲げたりせず、自然な姿勢でタイピングできる。椅子に肘掛けが付いていれば、腕をそのまま前へ伸ばせばよい。すると、自然と猫背が直って背筋が伸び、肩甲骨も開く。左右分割式と肩こり対策の関係は「ある」という人と「ない」という人がいるが、少なくとも悪くはないと感じている。年齢や用途や環境によっても異なるだろう。

「分割式は、BやNのキーを打つ手に迷う」という方もいるようだが、ロウスタッガード配列を使っていることが原因ではないか。カラムスタッガード配列を使えばもっと素直にホームポジションを守れるように思うのだが、これも人によるだろう。

親指担当キーの数が多い

一般に最前行には、Macであれば「かな、英数、command、option」など、Windowsであれば「変換、無変換、ひらがな、Alt、Ctrl」などのキーがある。これらは頻繁に使う割に長さや位置がモデルによってまちまちで、キーボードを持ち替えると押す位置が微妙にずれて、タッチタイピングしづらいことが長年の不満だった。

一方カラムスタッガード配列のErgoArrowsはすべてのキーの幅が同じであるため、普通ならスペースキー1つしかない親指担当の範囲に、両手合わせて8つも機能を割り当てられるし、難なくタッチタイピングできる。ぼくはずっと、親指はもっと働かせるべきだと思っていたので、これはうれしい。

すべてのキーを自由にカスタマイズ可能

自作キーボードでは一般的に、キーに割り当てる文字や機能を自由にカスタマイズできる。そのうえ、複数キーの同時押しや、段階的にキーを押すマクロを組んで、個々のキーに割り当てられる。すべてのキーになんでも割り当てられると言っていい。ぼくの設定は後述する。

4つのレイヤーでMac・Win両対応

一般的に自作キーボードでは、1つのキーに複数の機能を割り当てる「レイヤー」機能が広く使われている。ノートPCでは「Fn」キーとの同時押しで明るさや音量を変えられるが、あれも一時的にレイヤーを切り替えることで、1つのキーに複数の機能を割り当てているわけだ。

ErgoArrowsでは最大4つのレイヤーを使えるので、MacとWindowsの両方で使えるように、次のように設定している。

  1. Mac用
  2. MacでFnキーと同時押ししたとき用
  3. Window用
  4. WindowsでFnキーと同時押ししたとき用

Fnキーを押したときの機能には、おもに2つの方針で割り当てている。

  • 4台買ったほど愛用しているFILCO「Majestouch MINILA-R Convertible」(以下「MINIRA-R」)と設定を揃える。すなわち、MINIRA-RではFnキーとの同時押しで、4つの方向キー、Backspace、Delete、Home、End、PageUp、PageDownなどを打てるようになっているが、それらの配置をMINIRA-Rと同じにしておくことで、キーボードを持ち替えたときに迷わず使えるようにしている。ちなみに、筆者はHHKBにもMINIRA-Rと同じ設定をしている。
  • MacとWindowsの差を吸収する。たとえばファイルを保存するとき、Macではcommand+Sキーだが、WindowsではCtrl+Sキーだ。そこで、1番のレイヤーでcommandを割り当てたキーに、3番のレイヤーではCtrlを割り当てている。これはショートカットを設定するときに、さらに効果的だ(後述)。

マイ設定

ぼくが設定している内容を以下に示す。

最前行の設定

最前行に筆者が割り当てている機能は次のとおり(Mac利用時)。

  1. 左手担当分
    1. 日英切り替え(Fnキー同時押しで、Mac用レイヤーとWindows用レイヤーの切り替え)
    2. optionキー(WinレイヤーではAltキー)
    3. commandキー(WinレイヤーではCtrlキー)
    4. Fnキー(レイヤー1のとき2、3のとき4へ切り替え)
    5. スペースキー
    6. 再変換(入力済みの文字をひらがなへ戻して漢字変換し直すATOKのショートカット)
  2. 右手担当分
    1. Mission Control(ウインドウ一覧。Winレイヤーではタスク一覧)
    2. ウインドウ最小化(command + Mキー。WinレイヤーではWin+↓キー)
    3. returnキー(WinレイヤーではEnterキー)
    4. Fnキー(左手の④と同じ)
    5. スペースキー(左手の⑤と同じ)
    6. backspaceキー(Fnキー同時押しで、段落末尾まで削除)

いくつかアピールポイントを挙げる。

◎左右とも、①のキーは小指をたためば押せるので、タッチタイピングできないのは②のキーだけだ。ここには、原稿書きでは使用頻度の低いキーを割り当てている。

◎returnキーを右手親指に担当させることで、文を決定するときにキーをつい強く叩いてしまうクセを直すことができた。

◎Fn+右手⑥(backspace)キーには、段落末尾まで削除する機能を割り当てている。この機能は、MacではUNIX用シェル由来のcontrol + Kキーだが、Windowsには同等のショートカットがない。そこで、「Shift + Page Endキー、Backspaceキー」という2段階の操作をマクロに登録した。これらをMacレイヤーとWinレイヤーの同じキーに登録すれば、日常的にはMacとWinのどちらを使っても同じ操作で段落末尾まで削除できることになる。日本語では文末の表現が重要なので、文末を書き換えることも多く、頻繁に使うのだ。

◎ほかにも、次のようなショートカットを割り当てている。使用頻度が低い機能は、ホームポジションからはみ出る内側1列(4個)のキーに割り当てている。使用頻度が高いものは、ホームポジション内のキーにFnキーとの同時押しレイヤーに配置している。

  • プレーンテキストとしてペーストする(Macではcommand+shift+Vキー)
  • スクリーンショットを撮影する(Macではcommand+option+4キー)
  • ATOK辞書で調べる(「ATOKイミクル」で調べる)
  • 物書堂辞書で調べる(Macのみ。サービス機能のショートカットを使う)
  • あまり使わないが、ホームポジションでは押せない文字(「?」「!」など)

2セットある独立した方向キー

ErgoArrows独特の形状を形作っているのが、飛び出した位置にある方向キーだ。方向キーだけ低く配置されているので、誤って押す心配がほぼない。

左右に2セットあるので、これもまた割り当てる機能を工夫できる。ぼくの設定は次のとおり。

  • 左側|通常の方向キー。Fnキーの同時押しで、Page Up、Page Down、Home、Endキー。
  • 右側|command + control + 方向キー(Scrivenerで順序を入れ替えるショートカット。Winレイヤーも同様)

付論

◎ErgoArrowsを知る前は、いろいろなメーカーのキーボードをさんざん調べて回ったし、新製品も日々チェックしてあれこれ悩むことが日常だったが、ErgoArrowsを使い始めてからはすっかり物欲から解脱できた。ほかに代わるものがないからだ。もっとも、もしもErgoArrowsが壊れたり、壊れたときに代わるものがなかったりすると困るので、よく似た配列の「Ergo68」も入手した。これは工作部分が少なく、ErgoArrowsと比べても半田付け作業がずっと少なく済む。編集作業では方向キーも欲しくなるが、執筆作業では方向キーはあまり使わないので、バックアップの意味も兼ねて併用している。

◎ErgoArrows導入前のメインキーボードにしていたFILCO「Majestouch MINIRA-R Convertible」は、サブPCや、原稿の整理の時によく使っている。左右の手の位置を決めやすいので、キーボードから頻繁に手を離す必要がある作業では、左右分割ではないほうがよいように思う。

◎タブレットやスマホではPFU「Happy Hacking Keyboard Professional TYPE-S」を使っている。もちろん本当はErgoArrowsを使えればいいのだが、Bluetoothを使った無線化にはまた別のテクニックが必要だし、持ち運びのためには強度の問題も考える必要があるのであきらめた。Bluetoothで接続できて、小さくて、左右分割ではなく、スペースキーが短くて、キー配列までカスタマイズできるキーボードといえば、おそらくこれが最善の選択になるのではないか。ただし、個人的にはメカニカルスイッチのほうがはるかに好みなので、好みに合う製品が出てくれば買い替えたい。

追加

◎ErgoArrowsを使い始めてからはキーボードの新製品を見てもなんとも思わなくなったが、1つだけほしくなったのが、完全オーソリニア配列のものだ。そういうキットは販売されているが、キーの数が少なかったので、SU120という試作向けの基盤を4枚使って自作した。中央3列がマクロ用で、方向キーや、Scrivenerのショートカットに割り当てている。作っておいて何だが、指の長さになじむという点ではErgoArrowsのほうが上だと実感した。

◎日英切り替えは、Macではcontrol+spaceだが、素直にRemapでそう設定すると取りこぼすようだ。マクロを作ってウェイトを入れると期待どおり使えるようになった。

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