キーボードの話(8)──Tomisute配列−1

これまでこのシリーズ記事では、もっぱらハードウェアとしてのキーボードの話をしてきた。今回はソフトウェアとしてのキーボード、つまりキー配列の話をする。

具体的には、とみすけさんが考案された「Tomisuke配列」の体験記である(ちなみに今回から文体も変える)。

いろいろ書いていたらずいぶん長くなってしまったので、何回かに分けることにする。

「Tomisuke配列」とは

「Tomisuke配列」とは、「ソフトウェア好きの高2」である「とみすけ」さんが考案された「QWERTY配列のダメポイントを克服した、合理的な」キー配列である。

→「【脱QWERTY配列】Tomisuke配列に移行し、QWERTY配列を卒業せよ」(とみすけのブログ)

これよりも前、Twitterの投稿がインプレスWatchで紹介されてその方面では話題になった。ぼくもそれで知った口だ。

→「うそ……こんなに効率悪かったの? 「QWERTY」配列のダメさを浮き彫りにした調査結果/日英両対応の独自考案配列「Tomisuke」に注目」(やじうまの杜)

なぜTomisuke配列に興味を持ったのか

ぼく自身はQWERTY配列でとくに困っていたわけでもなかったし、Watchの記事が出た段階ではまだそれほど心引かれるものではなかったが、とみすけさんのブログを読んでにわかに興味が沸いてきた。これこそがぼくが求めていたものに近いように思えてきたのだ。

原稿書きを主たる稼ぎにしている以上、これまでにQWERTY以外のキー配列に興味がなかったわけではない。しかし、実際に導入して練習するところまでは至らなかった。

もちろん個人的なものだが、事情はいくつかある。第一に、ぼくの要望はタイピングそのものではない。タイピストではないので、速度のみにそこまでの重要性は求めていない。

もちろん打つのが速くて困ることはないが、実際には文章を書く時間よりも、解説の構成を考えたり、挙動を調べたり、サンプルを作ったりする時間のほうがずっと長い。そして、ほかのITライターがどのような書き方をしているのか知らないが、「ここまでは材料集め、ここからは執筆」と分けるのではなく、調査と執筆は並行して行う。そうでないとステップ式の解説などは書けない。

つまり、「一日中ひたすらタイピング」なんてことはまずないので、タイピングはそこそこ速ければとりたてて困らない。それよりは、丸一日仕事して指がしびれるほうがよほど困る。もっとも、「そこそこ速い」というのがどの程度かという話はある。これはまた別の記事で考えたい。

第二に、ホームポジションの重要性である。とみすけさんのブログを読んでそのキー配列をにらんでいると、たしかに移動距離が短くなりそうだと思えてきた。これはホームポジションを堅持しやすいことと同じだ。そうできれば疲労軽減につながるし、画面から目を外す必要も減る。

折しもFILCO製キーボード「Majestouch MINIRA-R Convertible」のおかげで、ホームポジションの重要性を再認識していたところだったので、渡りに船だった(MINIRA-Rのよさについてはいつか記事にする)。

第三に、脳トレ(って最近言わないか)になるのではないかという軽い気持ちもあった。まったく気づいていなかったが、ぼくもすっかりシニアと呼ばれる年齢になっていて、頭の固さを自覚するようになってきた。頭をほぐすには指先から。配列を変えるのも面白いかもしれないという程度の軽い心持ちだ。だから、何も効率だけを考えたわけではない。

第四に、なによりも背中を押してくれたのは、Watchの記事の9日後に公開された、とみすけさんのブログだった。記事としてよくまとまっているし、著者の心持ちが伺えるものだった。文は人なり。ぼくだってこれまで100冊以上の他人の生原稿を読んできたのだ。こういう文章を書く人の考えることなら、いっちょ真剣に聞いてみようと思ったのである。

なぜほかの配列ではなかったのか

実用的な話へ戻ろう。なぜほかの配列ではなかったのか。

最初に過去の話をしておくと、ぼくが最初に覚えたのはQWERTY配列で、Tomisuke配列以前にはそれしか使ったことがない。高校生の頃にエプソンのワープロ専用機を手に入れ、そのマニュアルを読んでQWERTY配列とホームポジションを学んだように記憶している。

配列を覚えるために、1週間くらい新聞の名物コラムを毎日書き写した。すでにある文章を写す清書作業はそれでほぼできるようになったが、自分の文章を考えながらスムーズに打てるようになるまではもっとかかっただろう。

さて、これまでQWERTY以外の配列に手を出さなかった理由である。

まず「かな配列」だ。ほとんどのOSできちんとサポートされているので導入が簡単だし、練習教材もある。ローマ字打ちと比べて打つキーの数が約半分になるのも魅力的だ。しかし覚えるキーの数が多く、キーボードの最上段も使う点では閉口する。

なによりも、日本語しか打てないのは非常に困る。IT系ではアルファベットが頻出するからだ。「Notion」くらいなら、いまや「のーしょん」と打ってもATOKの英和辞書が変換してくれるが、「Majestouch」は自分で登録するしかない。予測変換があっても「けーでぃーでぃーあい」と打つなら英語入力のモードに切り替えるほうが早い。

それに、いまでこそぼくは日本語の文章ばかり扱っているが、かつてはわずかながらもコードを書いていたので、英語や記号を打つ必要も十分あった。日英で異なる配列を使い分ける二刀流になる覚悟がなければ手を出せない。

その点では「親指シフト」こと「NICOLA配列」も同じようなものである。挑戦しようとしたことはあるが、まずキーボードを用意できなかった。一般的なキーボードを転用する方法もあることは知っているが、そのためにはかなりスペースキーが短いものが必要らしい。

逆にいえば、作家、脚本家、評論家などに、「かな配列」や「親指シフト」のユーザーが多い理由は分かる。そういった職業であれば、英語の評論やメールを書く機会はあっても、IT系ほど日英が混在する文章は書かないだろう。

ところで、参考にはできないが、翻訳家とか、日本語と外国語の両方で論文を書くような方はどうしているのだろう。QWERTY配列で通すのが普通なのだろうか。非アルファベット圏の言語を扱っている方はどうなのだろうか。その分野でも「十いくつもの言語を操れます」みたいな方がおられるのか。

結局、デファクトスタンダードのQWERTY配列を黙って使うほうが利口だという結論になる。これは知らなかったのだが、タイピングコンテストでもQWERTY配列の選手は十分速く、かな配列の選手に比べても目立った違いはないのだそうだ。となると、実はTomisuke配列を含めてどの配列でもたいした違いはないのでQWERTY配列で問題なしとなってしまいそうだが、ぼくにとって課題は速度だけではないので、結果いつまでもグズグズすることになる。

(この項続く。この記事はTomisuke配列で書いた)

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