キーボードの話(9)──Tomisute配列−2
Tomisuke配列の練習を始めたのは2022年7月23日。以後3か月間の練習過程を振り返ってみよう。
タイピング速度の計測には、「Weather Typing」というタイピング練習アプリのWindows版を使い、20ワードでの結果を採用した。これはDiscordにある「Tomisuke配列コミュニティ」で標準になっている設定である。Windowsを使ったのは、AutoHotKey用の設定ファイルが配布されていたからだ。
練習をするにあたって、まずQWERTY配列での成績を調べたところ、400kpm台前半だった。当時の記録がブログにも残っている。
私見だが、250kpmも出ればメール書きのような日常的な要望には困らないレベルだろう。350kpm出ればブログくらいは満足だ。職業的に書き物をする人なら400kpm以上はほしいだろう。はっきりした資料は見つけられなかったが、500以上になると、コンテストに出られるレベルのようだ。
速度も重要だが、書き物に重要なのが正確性である。これもまったくの私見だが、間違いの多さがストレスになるのは95%程度以下(つまり、タイプミスが5%以上)で、気持ちよく原稿を書けるのは98.5%以上だろう。
タイピング計測アプリでは違うキーを打っても次に正しいキーを打てば入力を進められるが、実際の文章ではBackspaceキーあるいはcontrol+Hキーを押す必要がある。これが結構なストレスになり、集中もできないし、何を書くつもりだったのかだんだん忘れてしまう。
マスタリング・Tomisuke配列
練習の経過はGoogleスプレッドシートにある。これはとみすけさんが開いているDiscordコミュニティに置かれていて、参加者が自己申告で成績を書き込んで切磋琢磨し合おうというものだ。きっと若い人ばかりだろうなあと怯んでいたが、とみすけさんにTwitterで声を掛けていただいて、ぼくも決心した。自分の成績の列だけ切り抜いたのが下の図である。
最初の1か月はかなり苦労した。狙いどおり指の移動が少ないことは実感できたし、地道に成長してはいるが、QWERTY配列の半分も打てないのではメール一つろくに書けない。昼間はQWERTY配列のMacで仕事をして、夜はTomisuke配列を設定したWindowsで練習をする日々だった。
1か月目が近づいた頃、Karabiner-Elementsの「Complex modifications」を使ってモジュールのようにオンオフできる設定ファイルを配ってくれる方が現れた。これは自作できなかったし、メインマシンのMacでもTomisuke配列を使えるようになったので、本当にありがたいものだった。
→「2022年8月18日:キーボード日記、Karabiner-Elements対応に深謝」
2か月目からは、できるだけ日常的にTomisuke配列を使うようにした。「マイタイピング」で自分用の練習問題も作った。成績は250kpmを超えたし、キー配列は完全に覚えた。しかし、指がQWERTY配列を思い出して余計な動きをする。
この「余計な動き」というのがポイントだ。Tomisuke配列は指の移動を減らすことを狙いの1つにしている。動かす必要がないのに、癖で動かしてミスをする。まったくばかばかしいが、それくらいホームポジションを守れることの証左でもある。コミュニティで聞いてみたら、同じように「動かさなくてもいいのに動かして間違える」経験をされた方が何人もおられた。
3か月目に入ると300kpmを越えてきた。さすがに成績は頭打ちになった感があるが、control+Hキーの連打さえいとわなければ、この記事を書くくらいのことはできる。それでも書き物をするには正確性が低いので、地道に日常使いし、ときに五十音やABCの基礎練習を繰り返していけば、QWERTY配列の癖も上書きできるだろう。実際、この記事を書くことで結構慣れてきた。
最後の10月23日にぴょこんと成績が上がっているのは、それまで練習に使っていた日常使いのノートPCではなく、HappyHackingKeyboardで計測したからだ。もはや成績を付けるのは自分自身としては定点観測的な意味しかないので、別のキーボードを使ってもいい頃合いだろうと思った。やはりいいキーボードは快適に打てるのだ。
個人的な問題ではあるが、それにしても、そこそこ打てるようになるまで3か月もかかるとは思っていなかった。その原因は、はっきり言って自分の年齢と、40年近くもQWERTY配列だけで打ってきたことだ。コミュニティに参加している方々の年齢層は分からないが、おそらく10代から20代の方がほとんどで、へたするとぼくが最年長かもしれない。
もともとコミュニティに参加するくらいだから熱心な方ばかりが集まっているのだろうが、多くの方は1〜2週間もあれば画期的に成績を伸ばしていくケースが多い。途中で興味を失うことはあるかもしれないが、それなりに練習していれば3か月もかかることはまずないだろう。
個人的な問題のもう1つは、QWERTY配列とのバイリンガルだ。いまもぼくはQWERTY配列を覚えているが、タッチタイピングはできなくなった。Tomisuke配列を設定していない端末を使うときは、画面ではなくキーボードを見ながら1つずつ打っている。さすがに両手をグーにして人さし指で突っつくわけではないが、速度はそれと大差ない。若い方は10分も打っていれば思い出せるようだが、ぼくはもう一度QWERTY配列を練習する必要がある。Tomisuke配列が打てるようになったからQWERTY配列を忘れてもかまわないかというと、そんなことはない。
実はこの3か月間はあまり文章を書いていない。ちょうど7月下旬に『独習Notion』が校了して、直近で長文を書く必要がなくなったのである。他人のWord原稿にコメントを付けたり、メールを書く必要があったので、あやうく恥ずかしいミスタイプを人に送ってしまうところだったが、おそらく全部直したはずだ。
Tomisuke配列の練習を始められたのは、このようにタイミングがよかったこともある。もしも原稿に追われていたら、よもや別のキー配列を練習しようなどとは考えなかっただろうし、Watchの記事もそのまま忘れていただろう。脳トレ気分で始めてしまったが、若い人のように2週間でマスターするわけにはいかなかった。1か月くらいで使い物になればと思っていたが、まったく甘かった。
1〜2か月ものあいだ、QWERTYも打てないし、Tomisukeも間違える。だから文章も書かなくなる。これはなかなかつらい経験だったが、キー配列というものを意識したのは初めても同然だから、次の本のためのネタとしては必要なことだったのだと思うことにする(これは負け惜しみではない。この記事を書いているのは、次の原稿のためのリハビリという意味もある)。
(この項続く。この記事はTomisuke配列で書いた)